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アプローチだけ左打ち どん底を経験した服部真夕が戦い続けられる理由【現地記者コラム】

2026/07/08 17:12

同世代がマイクを握ろうが服部はクラブだけを握り続ける(撮影・米山聡明)

先週の「資生堂・JALレディス」はツアー史上最多7人によるプレーオフにもつれ、ルーキーの倉林紅がツアー初優勝を遂げた。初日が雨の影響で中止となり、54ホールの短縮競技となったが、3日間で1万5504人のギャラリーを集めた。18番グリーンは大きなスタンドやギャラリーで埋め尽くされ、激闘を繰り広げた選手に惜しみない拍手が送られた。 【写真】これが服部真夕の左打ち用ウェッジ『SM7』 「18番を見た瞬間、久しぶりにこういう景色を見たなって。やっぱりいいなって思いました」。プロ20年目でツアー通算5勝の38歳、服部真夕は18番グリーンの光景に感銘を受けた。 初日に「66」で回り、8年ぶりに1桁順位で滑り出すと、2日目も「69」。首位と1打差の4位で最終日を迎えた。11年ぶりとなる優勝のチャンスではあったが、スコアを伸ばせずにトータル7アンダー・23位タイ。それでも、成績以上に充実感があった。 服部は10年以上アプローチに悩みを抱え、19年からは左用の56度のウェッジ(ボーケイSM7)を入れて、50ヤード近辺を境に左打ちをする。最近は「左打ちでも気持ち悪くなってきた…」と新たな悩みも打ち明ける。デビュー当時からエリート街道を歩んで勝ち星を重ねたが、不調に陥りシード落ちを経験。それでも今も戦い続けている、その本音を聞いてみたかった。 2007年7月のプロテストでトップ合格を果たした服部は、同年12試合に出場して賞金ランキング44位でシード権を獲得。翌08年の「樋口久子IDC大塚家具レディス」でツアー初優勝を遂げると、12年までに4勝を挙げ、同年の10位をはじめ、賞金ランキングは毎年10位台とトップ選手の地位を築いた。 ただ13年頃からアプローチに違和感があり、徐々にショットも乱れてきた。ほかの部分でカバーをして15年には「CATレディス」で復活優勝を果たしたが、18年に11年間守ったシード権を喪失。19年は8試合に出場してすべて予選落ち。何をやってもアプローチはうまくいかず、19年の12月に思い切って左用のウェッジを買った。20年以降はほぼステップが主戦場となっている。 「なんでも聞いてください」というので、失礼を承知で聞いてみた。「ゴルフが嫌にならないんですか?」と。すると「う~ん、嫌になっちゃいますよね」と笑って答える。続けて「でも、2015年の勝つ前の方がアプローチも打てなくて、ショットもひどくなって、本当に苦しかった。シード守らなきゃいけないとか、人の目がすっごい気になっていた時期でもあって…。その(ゴルフが嫌になる)峠は越えました」と落ち着いた表情で話した。