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フェンスの向こうは「巨大な避難所」だった 被災地を支えたゴルフ場の“小さな町”並みの設備と防災力

2026/09/03 11:15

地震によって、コース内だけでなく入り口前の道路にも激しい亀裂が生じた八代ゴルフ倶楽部(写真提供/八代ゴルフ倶楽部)

2026年7月28日、熊本県でマグニチュード7.1の地震が発生し、宇城市と氷川町で最大震度7を観測した。ゴルフ場も無傷では済まず、震度6強の八代ゴルフ倶楽部は地震の影響で8月6日まで休業し、復旧作業に追われた。 【写真】カート道路も真っ二つ! 地震で亀裂が入ったコース 状況について八代ゴルフ倶楽部の代表取締役・古里清二氏に電話取材すると、「進入路に大きな亀裂が入り、コース内に30か所以上の地割れや、給水管破損による漏水が発生しました。社員一丸となって普及に努め、再開することができました」と話してくれた。インスタグラムを見るとその被害の大きさがわかる。 これだけ大きな災害に見舞われたにも関わらず、八代ゴルフ倶楽部は被災者を支える側にも回った。八代市の災害情報では、同倶楽部の浴場を8月5日から20日まで無料で利用できる入浴支援が案内された。地震で一時営業できなくなったゴルフ場が、自らも復旧の途上にありながら地域住民に風呂を開く。この出来事は、ゴルフ場が「プレーをする場所」だけではないことを端的に示している。 これについて古里社長は「うちはやはり八代の地域密着型ゴルフ場であって、そこを今まで重視して経営してきました。今回の事態で少しでも地域のお役に立てればとお風呂を提供することを決めました」と語る。自治体に頼まれたわけではなく、自らの経営判断である。「毎日60名以上の方に利用いただいています」というから、いかに地域と密接に関わっているかがわかる。  ■18ホールのゴルフ場は「小さな町」のような設備を持つ 災害時にゴルフ場が力を発揮できる理由は、その広さと設備にある。18ホールのコースには広大なオープンスペースがあり、クラブハウスには多くのゴルファーを受け入れることを前提に、トイレ、浴室、レストラン、厨房が設けられている。大きな駐車場を備え、コースによっては井戸や散水用の池、貯水設備、自家発電設備などを持つ施設もある。 これらは普段、ゴルファーの快適なプレーのために使われる設備だ。しかし災害時には、入浴、給水、炊き出し、休憩、車両の集結などに転用できる可能性がある。広い土地は、条件が整えば臨時ヘリポートや消防、自衛隊などの活動拠点にもなる。 実際、神奈川県茅ヶ崎市では湘南カントリークラブゴルフ場やスリーハンドレッドクラブゴルフ場などを広域避難場所に指定している。湘南カントリークラブの使用可能面積は約55万平方メートル、スリーハンドレッドクラブは約46万平方メートル。学校や公園だけでなく、民間の巨大な緑地も地域の防災資源として位置づけられている。  ■阪神・淡路大震災では延べ約1万人がゴルフ場の風呂を利用 ゴルフ場が災害時に地域を支えた歴史は、今回が初めてではない。1995年の阪神・淡路大震災では、宝塚ゴルフ倶楽部が近隣住民に浴場を提供した。日本ゴルフ協会(JGA)の資料によると、利用者は延べ約1万人に達し、入浴支援は2か月以上続いた。震災当日には住民が避難し、広い駐車場は自衛隊の救援活動の拠点としても使われている。 水道やガスが止まった被災地で「風呂に入れる」ということは、単なる快適さの問題ではない。避難生活が長引けば、衛生面だけでなく心身の負担も大きくなる。普段はラウンド後の汗を流すための浴場が、災害時には地域住民の日常を取り戻すための設備に変わるのだ。 2024年の能登半島地震でも、ゴルフ場は地域支援に動いた。能登カントリークラブは断水が続く周辺住民に水を提供し、小松カントリークラブはクラブハウスの一部と駐車場を緊急避難場所として開放。福井県の芦原ゴルフクラブでもクラブハウスと駐車場を開放し、住民を受け入れた。災害が起きた瞬間、地域住民にとって近くのゴルフ場は「フェンスの向こうにあるレジャー施設」ではなくなる。  ■79のゴルフ場が参加 自治体との防災協定も広域化 こうした役割を、その時々の善意だけに任せず、平時から仕組みにしておこうという動きも進んでいる。2026年5月には、鳥取、島根、岡山、広島、山口の中国5県と中国ゴルフ連盟が災害時の施設利用に関する協定を締結した。参加するゴルフ場は79コース。クラブハウスでの避難者受け入れ、浴場や飲料水の提供、臨時ヘリポート、緊急車両の駐車、自衛隊の一時的な活動拠点などを想定し、県境を越えて協力できる枠組みとなっている。 ゴルフ場が多い千葉県でも取り組みが進む。市原市は2025年、市原市ゴルフ場連絡協議会との災害協定を再締結した。クラブハウスや駐車場だけでなく、浴場、充電スポットなども利用対象としている。また、施設の利用状況に応じて市職員を派遣し、食料や飲料水などを確保する仕組みも盛り込まれている。 ここはゴルフ場側から見ても重要なポイントだ。大地震が起きてから、「どこまで開放するのか」「誰が避難者を受け入れるのか」「食料や水は誰が手配するのか」を考え始めたのでは間に合わない。自治体との協定は地域貢献の意思表示であると同時に、非常時の混乱を少なくするためのルールづくりでもある。 さらに、ゴルフ場が地域の防災拠点になることは、普段ゴルフをしない住民とゴルフ場との関係を変える可能性もある。「自分には関係のない施設」だったゴルフ場が、いざという時には家族を守る場所になる。ゴルフ場にとっても、地域社会の中で存在する意味を改めて示す機会になるだろう。  ■ただし「近くのゴルフ場へ行けばいい」わけではない 一方、生活者には知っておくべきことがある。ゴルフ場だからといって、すべてが災害時の避難所になるわけではない。内閣府は、災害の危険から命を守るため緊急的に逃げる「指定緊急避難場所」と、災害後に一定期間滞在する「指定避難所」を分けている。 さらに指定緊急避難場所は、地震、洪水、土砂災害など災害の種類によって異なる。丘陵地にあるゴルフ場なら、地震で斜面が崩れたり、進入道路が通行できなくなったりする可能性もある。今回の熊本県の地震が示したように、ゴルフ場自身が被災者になることもあるのだ。 だからこそ、住民は自宅近くのゴルフ場が自治体の避難場所に指定されているのか、災害協定の対象なのかを平時から知っておくことが大切になる。「ゴルフ場が近いから、とりあえず行けばいい」のではなく、災害時には自治体が発信する避難情報に従うのが基本である。  ■「いいゴルフ場」の条件に地域の防災力を ゴルフ場側にも課題がある。地震でコースやクラブハウスが損傷すれば、まず自らの安全確保と復旧が必要になる。地域住民を受け入れながら、どの段階で通常営業に戻すのかという難しい判断も生じる。水や電気、食料、従業員の確保など、設備があるだけで災害拠点として機能するわけではない。だからこそ、平時から自治体や地域住民との連携を深め、「何ができて、何ができないのか」を決めておくことが重要になる。 今回の八代ゴルフ倶楽部の対応は、その意味でも象徴的だ。地震で休業し、復旧作業を進めながら、使える浴場を地域に開放する。普段はゴルファーのために用意された設備が、非常時には地域住民を支えるインフラに変わった。 我々はゴルフ場の価値を、コースの景観、グリーンの状態、プレー料金などで評価しがちだ。しかし、広い土地、水、風呂、トイレ、厨房、駐車場といった、普段は当たり前に見えるものが、災害時には地域の「力」になる。そして、これはゴルファーだけの話ではない。 地震の多い日本で、全国各地にあるゴルフ場を地域の防災資源としてどう生かすのか。これからの「いいゴルフ場」の条件には、ゴルファーに愛されることだけでなく、「いざという時、地域から頼られること」も加わっていくのではないだろうか。地域に根差したゴルフ場だからこその役割である。(取材・文/嶋崎平人)