ゴルフパートナー

最高の舞台を整えた宝塚GCのみなさんに拍手! そしてスマホ撮影OKで感じたこと【現地記者コラム】

2026/10/07 11:30

桑木志帆を見守るギャラリー。片手に傘、片手にスマホが握られている(撮影:鈴木祥)

女子ゴルファー日本一を決める「日本女子オープン」は、申ジエ(韓国)が制し、通算30勝の永久シードと国内メジャー4冠を同時に達成した。快挙の舞台となった兵庫・宝塚ゴルフ倶楽部は今年で開場100周年。新コースと旧コースの計36ホールを有し、旧コースでは1953年「日本オープン」、新コースでは2009年「関西オープン」が開催されているが、女子ツアーは今回が初めてだった。 【写真】申ジエのダブル快挙の瞬間 大会は手づくりの3ホールから始まった旧コースで開催された。長い歴史のなかで初の女子ツアー。大会2日目の10月2日は開場記念日だったことにも、不思議な縁を感じる。宝塚GCはコースメンテナンスに万全を期した。ほとんど雨が降らなかった猛暑の8月には、週に2~3回ほど、夜間に旧コース18ホールすべてのグリーンに氷をまいたという。早朝には、溶けたり、一部シャーベット状になった氷を取り除く作業を行い、営業を続けていたという。「通常の散水では地中にしみ込んだ水の温度が高くなって、根をダメにする。地表にどれだけ水をまいても、芝はかなりのダメージを受けるんです。ホント、みんな努力してくれました」そう教えてくれたのは、宝塚GCの理事の一人だった。ジエは「素晴らしいコースで優勝できてうれしい。グリーンもすごくキレイでした」と話していたが、多くの選手がグリーンやコースを絶賛していた。コース管理に携わった方々も、苦労が報われた思いだろう。ゴルフ場ができる前はみかん畑だった周囲には、今ではマンションが立ち並び、最寄りの阪急逆瀬川駅からゴルフ場までの逆瀬川沿いには瀟洒(しょうしゃ)な戸建てが並ぶ。ギャラリーバスの運行やギャラリー駐車場の確保は物理的に不可能。約1キロ離れた逆瀬川駅からの徒歩が、ギャラリーの唯一のアクセス手段だった。それでも逆瀬川駅から大阪市中心部・梅田までは30分という便利さもあって、大会期間中は大勢のギャラリーが会場を訪れた。4日間のギャラリー数は、今季初の3万人超えとなる3万666人。雨となった最終日は1万人には届かなかったが、8539人が詰めかけた。傘を差しながらの観戦。それでも、多くのギャラリーは片手にスマートフォンを持っていた。 大会を主催する日本ゴルフ協会(JGA)は24年、男女、シニアのナショナルオープンでスマートフォンに限っての撮影を解禁した。シャッター音が鳴らない無音アプリの利用、商業・営利目的での使用禁止、ローアングルからの撮影といった違法行為の禁止など、多くのルールはあるが、国内女子ツアーでは撮影が認められている唯一の大会。ギャラリーのなかには、撮影を目的に女子オープンの会場に足を運ぶファンもいるという。「SNSなどでの拡散によって、大会についての話題が広がり、より一層盛り上がることを期待して」。これがJGAが撮影OKに踏み切った理由だ。世界では当たり前の光景。国内男子ツアーは17年に一部で解禁となり、次第に拡大されて、今は全試合でOKとなった。だが、女子は日本女子オープンだけ。日本女子プロゴルフ協会(JLPGA)は、「国内で販売される携帯電話は盗撮防止などのためカメラのシャッター音が鳴る機能がついている。違法ではないとはいえ、無音アプリをインストールすることを推奨できない。肖像権の問題もあります」として、当面は写真・動画ともに撮影禁止が続く。海外での試合経験があっても、国内のギャラリーの熱量の大きさは海外の比ではない。今年の「AIG女子オープン」(全英)覇者の桑木志帆は、「たまにゾッとします。ずっと撮られているから怖いです」と冗談交じりに話し、ツアーでも屈指の人気を誇る吉田鈴は「海外ではこれが普通。慣れていかないと」と話していた。実際、無音アプリを使わないシャッター音は何度も聞こえた。デジタルカメラで撮影する人もいれば、なかにはビデオカメラで撮影するツワモノもいたという。撮影OKは時代の流れだろうし、肖像権で縛るのも限界がある。「ずっと撮影禁止でいいとは思っていないのですが…」と、JLPGAも悩ましい問題の着地点を模索している。ジエと桑木の最終日最終組の優勝争い、そしてプレーオフはピンと張りつめた緊張感があった。『静』のスポーツであるゴルフ、その醍醐味(だいごみ)を久しぶりに堪能できた。100周年の宝塚GCという舞台も最高だった。個人的には、そこを写真に収めたいとは思わない。推しの選手を追いかけ、写真や動画を撮ることも、この大会の大きな楽しみだろう。でも、そういうのを全部ひっくるめて、心のシャッターを切るだけでいいのではないか。せっかくリアルな現場にいるのだから。ずいぶん前の子育て時代、子どもの運動会や生活発表会などでビデオ撮影していたころに感じていた“不満”を、ふと思い出していた。(文・臼杵孝志)