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なぜ兄弟で米ツアーのキャディに? 古江彩佳と勝みなみを支えるスコット兄弟の軌跡【カメラマン南しずかの米ツアー小話】

2026/11/05 11:30

勝みなみとジョナサン・スコット氏(撮影:南しずか)

畑岡奈紗、古江彩佳、渋野日向子、原英莉花など、2026年は過去最多となる日本勢15人が出場する米国女子ツアー。その動向にも注目だが、試合以外や海外勢のこぼれ話まで伝えるのはなかなか難しい部分も…。そこでツアーを長年取材しているカメラマン・南しずか氏が気になるネタをピックアップ。これを見れば“米女子ツアー通”になれるかも!? 【写真】似ている? こちらが古江彩佳のキャディさん ◇日本で唯一行われる米ツアー大会「TOTOジャパンクラシック」が、5日から8日まで太平洋クラブ美野里コースで開催される。米ツアーの選手とともに、ツアーを支えるキャディやトレーナーらも来日する。古江彩佳のバッグを担ぐマイク・スコット氏、勝みなみを支えるジョナサン・スコット氏もその一員。ふたりは兄弟だ。古江はマイクについて、「嫌なところがない。優しいし、自分のことを理解しようとしてくれる気持ちがあるから、一緒にいてやりやすい」と語る。勝も「英語でうまく伝えることができなくても、自分が言おうとしてることを察してくれてる」とジョニー(ジョナサン)のことを信頼する。そんな高評価のふたりだが、同じツアーで、同じキャディとして働く兄弟は珍しい。どういった経緯で今に至ったのだろうか。原点はスコットランド・グラスゴーにある。三兄弟で、長男、次男のマイク、三男のジョニー。それぞれ5歳ずつ離れている。生まれ育った家の近くにゴルフ場があり、マイクとジョニーは自然とゴルフに夢中になった。長男だけはサッカーが好きだった。「(長男は)ゴルフに全く興味もなければ、才能もなかったね。一度、練習場に連れて行ったんだけど、スイングするたびにボールには当たらず、地面の板を打っちゃってたよ」と、昔を振り返ったジョニーは笑う。 先に米国へ渡ったのは、ジョニーだった。1997年、フィラデルフィアのサマーキャンプで子どもたちにゴルフを教える機会があった。たまたま、その隣で実施されていたキャディプログラムで学び、アマチュアのバッグを担ぐようになった。その後、友人と車で米国大陸を横断してカリフォルニアへ。名門ペブルビーチで2年間キャディを務めた。その頃に、同郷の女子プロゴルファー、ジャニス・ムーディと知り合い、2000年「ベッツィー・キング・クラシック」から、5年間タッグを組んだ。欧州男子ツアーでキャディをしていたマイクに、「一緒にツアーを回らない?」と声をかけたのもその頃だ。弟の誘いをきっかけに、マイクも米国へ。こうして、兄弟で同じ職場で働くようになった。 米女子ツアーは、1月のフロリダでの大会を皮切りに、世界をまたにかけて転戦する。転戦生活で、スコット兄弟は、山下美夢有のキャディ、ジョン・ベネット氏や、チャーリー・ハル(イングランド)のキャディ、アダム・ウッドワード氏ら4~6人で、一緒に家を借りることが多い。「25年くらい一緒にいるから、単なるキャディ仲間ではなく、親友みたいな存在なんだ」とジョニーは言う。そんな共同生活の料理担当はジョニーだ。「バーベキューでもラザニアでも、弟はなんでもうまく作るよ」。そう話すマイクのほほが緩む。ジョニーはYouTubeを見て料理を覚えた。好むのはじっくり時間をかけて作るメニュー。調理中にビールやワインを片手に楽しめるからだ。しかし、ある出来事がきっかけで献立は変化した。というより、変えざるをえなかった。 23年「ビュイックLPGA上海」で、ジョニーはその週の初めから、ひどい疲労感に襲われていた。時間が経つにつれ、手に力が入らなくなり、投げられたボールさえ受け止められなくなった。病院でMRI検査を受けたところ、医師から「軽度の脳卒中を起こしている」と診断された。入院は3~4日。3週間は飛行機に乗らないよう忠告された。左半身が思うように動かない状態の中、一人で上海のホテルで過ごすはめになった。「最初の3週間は再発のリスクが最も高いと言われてさ。だから、回復のため、毎日10マイル(約16km)ほど、ひたすら上海の街を歩いたよ」。歩くことが功を奏したのか、イギリスに戻って改めて検査を受けると、数値は正常に戻っていた。医師の勧めで水泳を始め、発症から3カ月後には約23kgの減量にも成功した。発症からしばらくは話し方がゆっくりで、ろれつが回らない感じだったそうだが、それも回復した。現在は、血液をサラサラにする薬1種類を服用するのみだ。ジョニーは食生活をガラッと変えた。好んで食べていたピザやハンバーガーを控え、鶏肉や野菜を多く摂るようになった。その変化は共同生活するキャディ仲間にも及んだ。「みんな少し体重が減って、以前より健康的になったよ」。一時はキャディ引退の危機に直面した。それでもジョニーは復帰した。その理由は、この仕事がたまらなく好きだから。キャディの醍醐味を最も感じるのは、優勝争いが佳境を迎える最後の9ホール。「まさにキャディとしての腕が試される場面。選手たちは優勝をかけて戦っているため、どうしても頭の中がパニック状態になりやすい。だからこそ、キャディは選手を落ち着かせ、代わりにしっかりと考える。ときには、考えすぎないように気を紛らわせるような話をすることもあるよ」と話す。これまで、ローラ・デイビーズ(イングランド)、カリー・ウェブ(オーストラリア)、リディア・コ(ニュージーランド)ら多くのトップ選手たちのバッグを担いできた。現在、タッグを組んでいる勝のことは、仕事がしやすい選手と言う。「ミナミはいつも機嫌が良くて、とても前向き。自分たちは考え方が似ていて、いつも同じようなことを考えている。それがキャディと選手という関係において、プラスに働いていると思う。私を信頼してくれているし、その信頼が彼女自身の自信にもつながっているんじゃないかな」マイクは、キャディ人生最高の思い出として、古江との「アムンディ・エビアン選手権」優勝を挙げた。「メジャーでの勝利は誰もが夢見ること。もちろん、(母国の)スコットランドでアヤカが米ツアー初優勝を決めたことも素晴らしい経験だった。そうした経験ができた自分は、本当に幸運だと思う」。続けて、マイクはこの仕事の魅力を語った。「自分が心から愛するスポーツに、それも最高レベルの舞台に関われること。それから、各地を転戦することも大きな魅力の一つ。この旅は最高であると同時に、最悪な経験にもなる。言っていること、わかるよね?」。確かに、ロストバゲージ、レンタカーの故障、時差ボケなど、国をまたぐ長距離移動には、不安やリスクもつきまとう。スコット兄弟は、TOTOでもそれぞれ古江と勝のバッグを担ぐ。グラスゴーでゴルフに夢中になった少年たちは、いまや世界を転戦し、日本のトップ選手を支えている。日本での旅は、ふたりにどんな記憶を残すのだろう。最高の旅になるのか、それともその逆もありえるのか。その答えは大会最終日に明らかになる。(取材・文/南しずか)